霧で輪郭がぼやける朝は、判断を急がなくていい

標高の高いこのあたりでは、朝、あたり一面が霧に包まれることがあります。

数メートル先までしか見えなくなり、いつもの景色が、輪郭だけのぼんやりとしたものに変わります。少し不便なはずなのですが、なぜか嫌いになれません。(すごく濃い霧の日に、大きな猪を見たこともあります。)

はっきり見えないということは、はっきり判断しなくていい、ということでもあるように思います。輪郭がぼやけていると、細部を氣にしなくてすみます。普段はつい見えすぎてしまう分、こういう時間に、少し氣持ちが休まります。

調べてみると、霧が発生しやすいのは、寒暖差が大きい場所や、盆地・高原の地形なのだそうです。この土地に霧が多いのも、標高や周りの地形と関係しているようです。

繊細な方は、物事の細かいところまで見えてしまう分、疲れやすいと言われています。すべてがはっきり見えている必要はなく、時には霧の中にいるように、輪郭がぼやけたままでいい瞬間があってもいいのではないかと思います。

アトリエの猫も、霧の朝は窓の外をじっと見つめています。何が見えているのか、こちらにはわかりません。それでも、はっきりしない景色を、静かに眺めている姿は、なんだか安心できます。

霧が晴れるまでの時間を、急かさずに過ごしてみようと思います。

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