朝いちばんの静けさが、いちばん好きだったりしませんか

まだ空が何色にも染まっていない時間に、目が覚めることがあります。

窓を開けると、アトリエの前の草に、夜のあいだについた露がそのまま残っています。氣温はまだ低く、音もほとんどありません。鳥が一羽、遠くで鳴くくらいです。

このところ、一日のうちでいちばん好きなのは、実はこの時間なのかもしれないと思うようになりました。まだ誰も、何も始めていない時間です。

お湯を沸かして、お茶を淹れます。ただそれだけの動作に、いつもより長く手間をかけてみます。急ぐ理由が、まだどこにもないからです。

物を大切にするのと同じくらい、時間を大切にするということについて、よく考えます。お金には換えられない豊かさが、こういう朝の数十分にはある氣がしています。

日が高くなるにつれて、少しずつ音が増えていきます。鳥の声も重なり、風の氣配も変わってきます。それ自体は嫌いではありませんが、その前の、何も重なっていない時間があるからこそ、あとの氣配も心地よく感じられるのだと思います。

だから、この静かな数十分だけは、なるべく誰にも予定を入れさせないようにしています。氣配に疲れやすい人にとって、こういう「まだ何も始まっていない時間」を一日の中に確保しておくことは、思っている以上に効くはずです。

大きな時間である必要はありません。ほんの少しでいいのです。

お茶を飲み終える頃には、いつの間にか一日がそっと動き出しています。今日はどんな朝だったか、また忘れないうちに、頭の片隅にしまっておきます。

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