「自分には何もない」と、誰かの眩しさに自分の輪郭が消えそうな日に

スマートフォンの画面を指でなぞるたび、自分以外の誰かの人生が、まぶしい光を放って飛び込んできます。あの子はあんなに軽やかに進んでいるのに、私は。あの人はあんなに選ばれているのに、私は。比べているとき、私たちの心は自分の人生のハンドルを離し、誰かの後部座席に座り込んでしまっているようなものです。

かつての私は、長年デザインの世界で「正解」や「評価」を追いかけてきました。誰かに認められるための選択を積み重ねているうちに、自分の輪郭がぼやけていくのを感じました。

「緑の区画」の奥深く、葉っぱに埋もれたキンカの家は、簡単には見つけることができません。キンカはただ、静かに座っています。そしてこう言います。「十分に静かにしていれば、植物が何かを言う」と。それは覚えることではなく、ただ思い出すことなのだと。

誰かのまぶしさに目を向けるのを一度やめて、自分だけが知っている小さな選択の跡をなぞってみる。

今日、あなたが自分で選んだことが、ひとつでもありますか?

お茶を淹れる、窓を開ける。そんな小さな選択の中に「あなた」が確かにいます。あなたは、誰かの人生の脇役ではなく、自分の人生をそこに生きていたのです。

この問いを10個集めた本を作りました。

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