感じすぎて、疲れているとき
人混みから帰ってきたとき、あるいは誰かとの何気ない会話のあとで、どっと重い疲れが押し寄せてくることがあります。他の人が気にも留めないような小さな変化に動かされ、引きずってしまう自分。「もっと図太くなれたら」と、何度思ったかわかりません。
子供のころの私は、人が集まる場所がどこか苦しくて、誕生日会の途中でそっと帰ってしまうことがよくありました。家に帰るとやっと息ができる。でもその直後に、「帰ってきてしまった」という申し訳なさが追いかけてくるのです。
けれど、あるとき気づきました。感じすぎるということは、世界の美しさを人より多く受け取っているということでもあるのだと。
丁寧に生きている人は、まわりの世界が違って見えます。石のひとつ、風の変わり目、誰かの声のわずかな揺れ。そこにある微かな光を、あなたは拾い上げることができる。それは弱さではなく、あなたの持っている「窓」が大きいだけなのです。
窓が大きい分、風も強く吹き込み、疲れやすい。でも、その窓からしか見えない景色が確かにあります。
今、体のどこかに「重い」と感じるところはありますか?
その重さを無理に追い出そうとしなくていい。ただ、今日あなたが丁寧に世界を受け取った証拠として、その重さをそっと抱きしめてみてください。